顔面神経麻痺後遺症のボトックス治療とリハビリテーション
【顔面神経麻痺(まひ)とは ?】
顔の表情をうごかす神経である《顔面神経》がはたらかなくなることで顔の片側がうごかせなくなるウイルス性の《顔面神経麻痺》は、毎年100万人あたり300人ほどの方がかかるといわれています。石川県の人口がおおむね100万人ですから、県内で毎年300人がかかっていることになり、非常にめずらしい病気というわけではありません。
「朝起きたら顔の片側が動かなくなっていた」「知らないうちに顔が曲がってきた」といったふうに突然顔が動かなくなるのがウイルス性の顔面神経麻痺の特徴です。ヘルペスウイルスの一種による《ベル麻痺》水痘ウイルスによる《ハント症候群》があります。
※ウイルス性の顔面神経麻痺のほかに怪我や手術、脳梗塞などによって生じる顔面神経麻痺、先天性の顔面神経麻痺がありますが、今回のコラムは最も多いウイルス性の麻痺に限った内容となっています。
発症直後は耳鼻科や神経内科で治療がおこなわれます。神経のむくみを取るステロイドやウイルスの働きを抑える抗ウイルス剤の点滴や飲み薬による治療です。重症の場合は入院が必要となることもあります。症状が落ち着いてくると神経の回復をうながす治療(主に飲み薬)もおこなわれます。85%はほぼ元の顔に戻りますが、15%で明らかな麻痺や重い後遺症が残る可能性があります。
【形成外科で受けられる顔面神経麻痺の治療】
形成外科で受けることができる顔面神経麻痺治療には麻痺の原因に対する治療と、後遺症に対する対症療法の2種類があります。いずれも治療のゴールは顔の左右差、表情の左右差や生じている不都合をできるだけ少なくすることです。
●手術治療
《静的再建術》は動かなくなり下がってしまった部分を元の位置に戻すための手術で症状を和らげる対症療法です。上まぶたを上げる、下まぶたを上げる、眉毛を上げる、口角を引き上げるなどの手術です。目が閉じにくくなる《兎眼》により目が乾くなどの症状が重い場合は金属製の重りをまぶたに埋め込むことで目を閉じやすくする手術もあります。いずれも動かなくなった筋肉を動かす手術ではないため《静的再建術》と呼ばれています。
《動的再建術》は動かなくなった筋肉の動きを他の筋肉で動かすようにする手術です。ものを咬むときに働く《側頭筋》や《咬筋》の一部をまぶたや唇に移動させる方法、体の他の部分から筋肉を移植する方法は症状を和らげる対症療法です。また、《舌下神経》や《咬筋神経》を顔面神経につなげる《神経移行術》、動いている方の顔面神経と麻痺のある側の神経をつなげる《神経移植術》は神経の動きそのものを回復させるための原因治療です。
手術治療は主に麻痺が重症な場合や完全な麻痺、症状による不都合が大きい場合に適応となります。一方で細かな表情の微調整は難しいことや、加齢による変化にあわせて修正が必要になることがある点がデメリットです。
●注射治療
顔の表情の左右差、目や口まわりがこわばる《顔面拘縮》、口を動かすとまぶたが閉じてしまうなど意図しない動きが生じる《病的共同運動》といった顔面神経まひの後遺症に対しては、注射による対症療法が有効です。筋肉の動きを弱める薬剤である《ボツリヌストキシン(ボトックスⓇ)》をもちいた《ボトックス治療》です。
手術に比べると細かな表情の微調整が可能なため、中〜軽症の《不全麻痺》や《拘縮》《病的共同運動》を改善させて表情のバランスを改善させることができます。《不全麻痺》では《拮抗筋》という反対の動きをする筋肉を弱めることで少し動きを強めることができます。また、まったく動かない《完全麻痺》に対しては麻痺のない側の動きを弱めることで顔の左右差を改善させることも可能ですが、動かない表情筋を動くようにすることはできないのがデメリットです。
●リハビリテーション
顔面神経麻痺の初期治療に続いてリハビリテーションがおこなわれる場合があります。最近では早期にリハビリテーションをはじめることで後遺症を軽減できることもわかってきたため、施設によっては積極的におこなわれています。また、形成外科での手術後、注射治療後にもリハビリテーションがおこなわれる場合があります。
耳鼻科、神経内科、形成外科の担当医からリハビリテーションの方法を教えてもらい自身で続けていく場合と、リハビリテーション科に通ってリハビリテーションをする場合があります。自己リハビリテーションでは百面相のように顔の筋肉を強くうごかすことも後遺症を悪化させる原因になるため注意が必要です。
鍼治療がおこなわれる場合もありますが、電気を通して刺激をあたえるタイプの鍼治療は後遺症を強めてしまう原因となるため避けることが望ましいといわれています。
【顔面神経麻痺の後遺症について】
①顔の麻痺
時期:発症直後から
神経からの信号がなくなり顔の片側の筋肉がまったくうごかなくなるため左右の表情に差がみられます。麻痺のない側で逆に動きが強くなってしまうこともあるため、これによりさらに動きの左右差が目立ってしまう場合もあります。多くの場合は動きが回復しますが、完全な麻痺、部分的な麻痺、軽い麻痺などが残ることがあります。
②筋力低下
時期:発症後数か月〜
発症後数ヶ月たつと神経が再生して筋肉が動きはじめます。数か月うごいていなかった筋肉はやせてしまっているため筋肉の力が弱く、左右の表情に差がみられます。筋力が完全に回復する場合もありますが、全体もしくは部分的に筋力が戻らない場合もあります。
③病的共同運動
時期:発症後4か月目〜
5本に枝分かれする顔面神経が再生するときに間違った方向に再生してしまうによって口元や目元が意に反してうごいてしまう現象です。口を動かすと目を閉じてしまう、目を動かすと口元がピクピクするなど、目と口が連動してうごく症状が多くみられます。
④顔のこわばり
時期:まひになってから1年〜
うごかなくなった筋肉が硬くなりこわばりや痛み、違和感の原因になります。
もっとも多い《病的共同運動》をはじめ、まわりの人が思っている以上につらいこの後遺症を、顔のクリニック金沢では《ボトックス治療》で積極的に治療しています。
【顔面神経麻痺とボトックス治療】
顔面神経麻痺の後遺症はボトックスⓇ(ボツリヌストキシン)で治療することができます。ボトックスⓇには筋肉の動きを弱める効果があります。もともとは顔のけいれんや表情じわの治療につかわれてきたお薬です。こわばった筋肉やまちがってうごいている筋肉、まひのない側のうごきすぎている筋肉などをターゲットに少量ずつボトックスを注射することで表情の左右差やゆがみを整えます。
●治療の流れ
1.診察
まずは問診と写真撮影、表情の診察からプランシートを作ります。症状には個人差があるため、お一人おひとりに合わせた治療プランを作成します。ほかにも気になっている表情じわ(「目尻」や「眉間 」など)があれば、プランに組み込むことができますのでご希望があればお申し出ください。
2.ボトックス治療
プランシートに沿ってボトックスを注射します(下図は投与部位の一例です)。極細の注射針を使っていますが、顔のいろいろなところに注射をするので痛みをやわらげるために表面麻酔(クリームの麻酔)を塗ってから治療することも可能です。麻酔クリームを塗って30分程度おくことで注射の痛みがやわらぎます(ご希望の際は予約時にお伝えください)。
3.アフターケアの説明と次の診察の予約
治療のあと注意事項などアフターケアの説明をおこないます。また、2週間程度あとに次の診察の予約をおとりします。
4.効果判定とリハビリテーション
2週目頃に効果判定をおこないます。笑ったときの表情や口元を動かした時の表情などをみて効果が足りないところがあれば必要ならボトックス注射を追加します。
パンフレットをお渡しして表情筋のマッサージなどのリハビリテーションを開始します。正しいリハビリテーションによる相乗効果だけでなく、効果の持続も期待できます。
注射の効果は3〜4か月持続します。2回目以降は3−4ヶ月おきに治療をおこないます。まずは3回治療をうけられることをおすすめしています。その後はご希望に応じて4回目以降の治療を続けることも可能です。
ボトックスを使った顔面神経麻痺後遺症の治療は、表情筋のバランスを整えることで、自然な表情をとりもどすための治療です。顔面神経麻痺の後遺症でお悩みの方がおられましたらまずはいちどご相談ください。
料金(保険適応外、税込)
初診料(初回の診察) 3,300円
顔面神経麻痺ボトックス治療 55,000円(プランシートの作成を含む、基本20単位まで)
追加10単位 13,200円
表面麻酔(クリームの麻酔) 2,200円
再診料(2回目以降の診察) 1,100円
※リスク・副作用・合併症
・内出血(注射針が血管に当たってしまった場合)
・妊娠・授乳中の方への施術不可
・目が閉じにくくなる可能性
・目が開けにくくなる、眼瞼下垂
・表情の左右差
※ 表情じわの治療薬として厚生労働省の承認を得ているアラガン社のボツリヌストキシン、《ボトックスビスタ®》を使用しています。
※顔面神経麻痺発症から4か月以上経過した慢性期の方に対する治療です。
お問い合わせ・ご予約
TEL 076-239-0039
10:00 a.m. ~ 18:00 p.m.
執筆
山下 明子 医師
YAMASHITA, Akiko
顔のクリニック金沢 院長
経歴:
岐阜県出身
平成15年 富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業
同年 金沢医科大学形成外科入局
平成18年 産業医科大学形成外科留学
平成26年 金沢大学皮膚科形成外科診療班
平成29年 顔のクリニック金沢専任医師
形成外科 専門医
日本美容外科学会(JSAPS) 専門医
金沢医科大学形成外科学 非常勤講師
顔面神経麻痺の後遺症について
慢性期後遺症でみられる3つの症状
顔面神経まひ(ベルまひ、ハント症候群など)からの回復期に、《顔のゆがみ》や《こわばり》、《意に反して目や口が動く》といった症状がみられることがあります。これが《顔面神経まひの後遺症》です。
おもな症状は下記の3つです。
①筋肉の動きがよわい《筋力低下・不全まひ》
②神経の再生プロセスでのエラーにより筋肉が連動してしまう《病的共同運動》
③筋肉が硬くなってこわばってしまう《拘縮》
筋力低下・不全まひについて
顔面神経麻痺を発症すると表情筋はしばらく動かなくなります。神経が再生すると筋肉も動き始めますが、しばらく動いていなかった筋肉はやせて筋力がおちている状態です。筋力は徐々に回復していきますが、もとの筋力まで回復しなかった場合は筋力低下となります。また、神経の再生がうまくいかない場合まひが残ってしまうこともあります。完全なまひがのこることもありますが、少しうごくが反対側より弱いという《不全まひ》の状態になるパターンが多くみられます。
病的共同運動について
5本ある顔面神経が傷ついて麻痺が起こります。その後、耳のうしろの5本が合わさった付け根から神経が再生してきますが、このとき回復する神経が行き先を間違えたり、神経同士の連絡ができることがあります。この回復プロセスのエラーによって病的共同運動が起こります。よくみられる症状は、食事をしたり口を動かすと目が閉じてしまう、目を閉じると口もとが動いてしまうなどの動きです。ベル麻痺では約10%程度の方にみられます。
拘縮について
顔の筋肉のうち、目や口の周りにある表情筋は目を守ったり食事をとるなど体にとって特に大切な動きをしています。これらの筋肉を早く回復させようと脳からの強い指令がでるため、表情筋が常に緊張した状態となり、収縮して硬くなります。これが顔面拘縮です。自分で感じる症状は、顔のこわばりや引きつれ、ほうれい線が深くなる、目が細くなるなどです。
後遺症の予防
後遺症を予防するため、麻痺の早期からマッサージ、ストレッチ、鏡を使って動きを再学習する《ミラーフィードバック療法》などのリハビリテーションがおこなわれます。しかめ面や百面相など強い筋肉の動きを避けることも重要です。
発症から4カ月たって《慢性期》に入ってからも、症状が悪化しないよう、マッサージやストレッチなど根気良くリハビリテーションを続けることが大切です。
発症から1〜1.5年が経過すると、リハビリテーションによる回復の見込みが少なくなるため、後遺症に対する治療をスタートします。
後遺症の治療
後遺症に対する治療には《手術療法》と《ボトックス治療》があります。
手術療法は症状に応じてさまざまな方法がありますが、一例としてまぶたの左右差であれば眉の上を切開して引き上げる《眉毛挙上(固定)術》、リフトアップ手術を応用した《前額リフト》、目の周りの筋肉の拘縮で細くなった目に対する《挙筋前転法》、まぶたのたるみ取りを応用した《眉毛下切開法》《上眼瞼徐皺術》などがあげられます。
筋肉の動きをよわめる薬剤である《ボツリヌストキシン》を注射して自然な表情をとりもどす《ボトックス治療》は効果の持続が3〜4か月程度であるため、治療を繰り返し行う必要があります。治療効果を上げるために自宅でできるリハビリテーションについてもご案内しています。
顔のクリニック金沢では表情筋の動きを顔の治療を専門とする《形成外科専門医》が評価し、ボツリヌストキシンの投与量や投与する部位を決定します。多く投与してしまうと戻すことができないため、初期は1,2回のタッチアップ(追加、修正)により表情のバランスを調整します(下図は投与部位の例)。通常まずは3クール受けていただき、写真による効果判定をおこないます。その後も希望される場合にはひきつづき治療をおこないます(いずれも自由診療)。
顔面神経まひの後遺症に対する治療を希望される場合、治療の経過などについての情報いただけると治療をスムーズにはじめることができますので、まずは顔面神経麻痺の治療を受けている主治医にご相談いただき、紹介状をご持参のうえ診察におこしください。お一人おひとりの症状にあわせて治療のご提案をいたします。
お問い合わせ・ご予約
TEL 076-239-0039
10:00 a.m. ~ 18:00 p.m.
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執筆
山下 明子 医師
YAMASHITA, Akiko
顔のクリニック金沢 院長
経歴:
岐阜県出身
平成15年 富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業
同年 金沢医科大学形成外科入局
平成18年 産業医科大学形成外科留学
平成26年 金沢大学皮膚科形成外科診療班
平成29年 顔のクリニック金沢専任医師
形成外科 専門医
日本美容外科学会(JSAPS) 専門医
金沢医科大学形成外科学 非常勤講師
目の下のヒアルロン酸とタッチアップ
目の下の「くま」や「ふくらみ」の切らない治療に使われるのがヒアルロン酸です。ダウンタイムがほとんどなく手軽に受けられることが利点です。ヒアルロン酸治療によって希望した結果が得られなくても、時間がたてば分解されてなくなります。また、どうしても気になる場合にはタッチアップ(修正)が可能です。ヒアルロン酸治療のタッチアップについて説明します。
タッチアップの流れ
1.ヒアルロン酸を分解する「ヒアルロニダーゼ」を注射します。
2.注射後1~2週目にヒアルロニダーゼ注射の効果を判定します。
3.「くま」や「ふくらみ」の治療を希望される場合には治療のご提案をいたします。
ヒアルロニダーゼについて
「ヒアルロニダーゼ」はヒアルロン酸を分解する酵素です。
いくつかの製剤が販売されていますが、大きく分けるとウシやヒツジなど「動物由来」の製剤と、「ヒト由来」の製剤があります。
動物由来のヒアルロニダーゼは1アンプル当たりの容量が多く分解力も高いのですが、アレルギーの可能性があるため注射の前にアレルギー検査を行っています。
ヒト由来のヒアルロニダーゼ「Hylenex(ヒレネックス)」は、米国FDAで認可された製剤で、アレルギーが少なく安全性が高いと考えられています。アレルギーが心配な方や、安全性を気にされる方には「Hylenex(ヒレネックス)」をご案内しています。
ヒアルロニダーゼを150〜200単位(1〜1.5ml)を注射し、1−2週後に効果を判定します。ご希望に応じて追加の注射が可能です。ヒアルロニダーゼを注射すると、まわりに浸透してヒアルロン酸を分解するため、注入されているヒアルロン酸の一部分だけを分解することはできません。また、ヒアルロン酸が多い場合には、1回ですべてのヒアルロン酸が分解されない場合もあります。自分の体にもともとあるヒアルロン酸は、毎日大量に作られて分解されるというサイクルを繰り返しているため、ヒアルロニダーゼの注射でなくなってしまうことはありません。
《タッチアップの例》
■ヒアルロン酸が透けて見える
目の下の皮膚が薄い方ではヒアルロン酸が透けて見えることがあります。ヒアルロン酸自体は無色透明ですが、皮膚を通して見た場合に青白く見えるため、「青くま」のように見えてしまう場合があります。コンシーラーやファンデーションでカバーできるので、お化粧をすれば気にならないという方では問題ありませんが、普段はあまりメイクしないなどで気になる場合はタッチアップが可能です。
■目の下が全体に腫れぼったくなった
目の下のくまやふくらみをヒアルロン酸だけで治療するのには限界があります。くまやふくらみが多少残る程度をゴールに治療することをおすすめしています。注入量が多くなると、目の下が全体にふくれたような形になる場合がありますので、腫れぼったさが気になるようであればタッチアップを行います。
ヒアルロニダーゼによる治療のあと
注射後1−2週以降、目の下のくまやふくらみの治療を受けていただくことが可能です。再度ヒアルロン酸で治療する場合は前回より少ない量で、多少ふくらみやくまが残る程度にとどめることをおすすめします。また、手術治療では目の下のふくらみやたるみなど、気になる症状にあわせたオーダーメイドのプランニングをご提案いたします。腫れなどのダウンタイムが許容できる方では、より自然で若々しい目元を再現できる手術治療も良い選択です。
目の下のくま、ふくらみについて 詳しく見る
目の下のくま、ふくらみー手術以外の治療ー 詳しく見る
目の下のくま、ふくらみー手術ー 詳しく見る
治療にかかる費用
ヒアルロニダーゼ注射(ヒアルロン酸分解注射)
■Hyaluronidase(ヒアルロニダーゼ、ヒツジ由来、1アンプル1500単位)
60,000円(アレルギーテスト費用5,000円を含む)
■Hylenex(ヒレネックス、ヒト由来、1アンプル150単位)
60,000円
初診当日にヒアルロニダーゼ注射を希望される場合は、ご予約の際にお伝えください。
お問い合わせ・ご予約(診察の予約は電話受付のみ)
TEL 076-239-0039
10:00 a.m. ~ 18:00 p.m.(木、日除く)
監修
山下 明子 医師
YAMASHITA, Akiko
顔のクリニック金沢 院長